Web 記事 - 200912のエントリ
グラフェンとは炭素原子が平面上で蜂の巣の形に規則的に整列したものですから、炭素原子が規則正しくならんだ絨毯のようなものです。もちろんこの 絨毯の大きさは有限ですが、電子間の距離を単位にしてはかれば十分に大きいので、無限に広がった規則的な原子の絨毯です。このグラフェンは別に低温にしな ければできないわけではなく、常温で作成されました。具体的にはscotch tape method (日本語ならセロテープ法) といわれる怪しげな(と当初はおもわれた)方法で実際につくられました(Novoselov, Geim 他)。常温ですから当然熱ゆらぎも無視できないはずですからグラフェンはきわめて安定な物質と考えられます。ところが理論的には古くから完全な2次元 固体は安定に存在できないと信じられていました。規則正しい周期的な構造が存在するためには、どこかで偶発的に生まれた乱れが全体に広がってしまわないことが必要ですが、2次元という低次元性の為、無限と思われるぐらいに大きな2次元結晶では、これらの勝手にうまれたゆらぎはどんどん増殖してめちゃくちゃな状態になってしまうと予想されていたのです。しかし、論より証拠とはこのことで、いくら理屈を言ったところで、現実に作ってみせたのですから、文句の言いようがありません。理屈の方がどこか間違っていたか、議論が不十分だったのです。
実際の単層のグラフェンは完全に真平らではなく、下の図のようにうねうねしていると考えられています。2次元は2次元でも3次元の中に埋め込まれた2次元系ですので、このようなことが可能なわけです。この「うねうね」構造はリップルと呼ばれ、単層グラフェン、特に基板等何かの上に乗っていないという意味で、free standing なグラフェンの特徴的構造と考えられています。今日では、グラフェンでは、2次元周期系ではあるものの、このような3次元方向の変形からくる余分な自由度がある種の熱浴として働き、2次元格子全体がめちゃくちゃになるのを防いでいると考えられています。さらにこのリップルはグラフェンの電子状態に関しては、ランダムゲージ場として働くとかんがえられており、グラフェンの物理をより一層興味深いものとしています。
事実は小説より奇なり(Fact is stranger than fiction)ではありませんが、現実は常識を時々そして大事なところで覆してくれます。物理屋たる者、定説をそのまま信じてはダメですね、ロシア人は確かにガンコでシツコイ!(Road to Stockholm がホントかどうかは別にして)
量子論における確率解釈:粒子の運動は各時刻における粒子の場所を指定すれば完全に確定します。例として1次元的な運動をする粒子を考えてみましょう。たとえば、量子細線の中の粒子や塀の上を歩いている猫などを想像してみてください。このときは、横軸に時刻、縦軸に粒子の位置をプロットした紙に書いたグラフ、中学以来学んだグラフですね、これを書けば粒子の運動が決定されたことになります。このグラフのことを世界線とよびます。1次元の粒子の運動を決定する世界線は 1+1=2次元の時空間(紙の表面のことです)の中の曲線ということになります。実際の粒子は3次元空間の中にありますから世界線は3+1=4次元の中の曲線ということになります。この世界線を経路とすこし親しみをふくめて呼びましょう。 勿論古典的には粒子の運動する経路はNewtonの運動方程式に従う特定のものとなります。実際に実験、観測をするとその特定の経路が実現するというのが古典的な物理学の予言です。このような古典力学による記述はきわめて正確であり、日常生活における物ごとの記述においてその成立に関して疑うところは全くありません。(いまでは携帯電話に標準装備となりつつあるGPSの動作には相対論的補正が重要だとはよく知られたところですが、量子論的補正が日常生活で必要だとはいまのところ聞いたことはありません。) それにも関わらず古典論を包含すると考えられている量子力学による物理学は粒子の運動に対してもすこし異なった予言をします。量子力学によるとすべての可能な世界線をたどる事象は全て原理的には起こることがあり得ることになります。古典的には決して起こらないいわばとんでもない事象も原理的にはおきることを許容するのです。ただ、実際の実測、実験を行ったとき、その全ての経路(事象)はある特定の確率で観測されることを量子論は主張します。常識的には起こらない事象の起こる確率は極めて極めて低いならば、常識と矛盾しないわけです。猫がタイプライターをたたいてシェークスピア全集を全て書き出すこともそれこそ原理的には可能なはずですが、猫にベストセラー作家の座を奪われる心配をする作家がいないのと同様に、通常の設定では古典論の予言が外れることは無いわけです。
確率振幅の重ね合わせの原理:ある特定の事象(経路)が起こる確率は確率振幅とよばれるある複素量の絶対値の2乗で書けると量子論は主張します。さらに、量子論ではこの確率振幅に対して「重ね合わせの原理」が成立することを要求します。量子論における波動性とは基本的にこの重ね合わせの原理にその基礎をもちます。確率振幅が池の波や音波などと同じ波動だというのです。波動現象の最も際だった特徴は干渉が起こることにあります。最近某電機メーカーから消音タイプのヘッドホンが販売されています。騒音のひどいところでもそのヘッドホンを使うと聞きたい音楽だけが聞こえて、周りの騒音は消えてしまうと言う、一見魔法のようなヘッドホンです。(私も持ってました、今は、どこかにいってしまいましたが、、でも確かに効果ありました)。このヘッドホンは、外部の騒音と逆位相の音波を聴きたい音楽に重ね合わせて耳の近くで出力しているのです。(たぶん、)音の強度、つまり聞こえる音の大きさはそれぞれの音の大きさの和になるわけではなく、波動の振幅を重ね合わせてからつまり足しあわせてから(絶対値の)2乗をとったものがその大きさとなります。バネのエネルギーが伸びxの2乗(バネ定数kならkx^2/2)となるのと同じです。日常生活ではうるさいところで大声をさらに出されるともっとうるさくなるので、音の大きさがどんどん加えられるように感じますが、これはそれぞれの騒音が全く勝手な騒音だからです。(騒音ですから当然ですね)これを物理的には「コヒーレントでない」非干渉性の音と呼びます。このような音については振幅の重ね合わせから大きさの加法性が導かれます(簡単な三角関数の計算ですが、ここではこれ以上の説明はやめます)。某電機メーカーのヘッドホンからはこのような勝手な音でなく、可干渉性(過干渉ではなく)のコヒーレントな音が出ているはずです。これをかさねあわせると音の大きさは増えないで減る、つまり消音効果をもつのです。量子論では事象の生起確率が確率波の大きさ(つまり振幅の絶対値の2乗)となることをその基本原理と考えます。日常の生活での物事の生起確率を支配する確率振幅は可干渉性をもたず、コヒーレントでないので、例えば英語の試験で10点をとることと20点をとることは独立となって排反事象に関する確率の加法定理が成立します。つまり10点をとる確率が1割あって20点とる確率が2割あるなら、10点か20点を取る確率は3割になるわけです。騒音が積み重なってますますうるさくなるのと同じです。
すこし具体的に議論を進めると量子論によれば、ある可能な経路に対する確率振幅はexp(i 2pi S[経路]/ h) と書けると考えられています。ここでS[経路] はその仮想的な経路に関する作用積分と呼ばれる量で[エネルギー×時間]=[長さ×角運動量]の次元を持つ物理量です。解析力学を学んだことのある人は聞いたことがあるとおもいます。またここで出てきた h は量子論の基礎付けに多大な貢献をしたプランクにちなんで名付けられたプランク定数で量子論固有の唯一の定数です。この定数は先ほどの作用とおなじ[エネルギー×時間]の次元をもっていてMKS単位系やcgs単位系ではかると0.000とぜろが30個ぐらい続く程度に日常の生活感覚的にはとても小さな定数です。 exp[ i 2pi S] は複素指数関数と呼ばれる複素数の値をとる三角関数のような周期関数で引数のSに関して周期1の振動する関数です。ここで 1/h がMKS単位系で、つまり日常の現象に関してとても大きな数(逆数ですから、、)であることを考えると日常生活での経路がすこし変化したことによる作用積分の変化はMKS単位で大体1程度と考えられますから、1/h をかけ算した値はとても大きなものとなります。つまり日常生活を表す経路(世界線)のちょっとした変化、(例えば髪の毛がちょっと揺れたぐらい?)による確率振幅の変化はとてもとても激しいものとなります。実際に実験で観測される事象に関する確率振幅は似たような事象に関する確率振幅を重ね合わせたもので与えられますので、経路が少し変わったときの効果を取り込むとほとんど打ち消しあってしまうと考えられます。よって古典極限つまり h がとても小さいと見なせるような現象では経路がすこし変化しても作用は変化しないような経路だけが主たる寄与します。これは解析力学で学んだ最小作用の原理に他なりません。量子論をここで議論したような確率振幅の重ね合わせの原理に基づいて理解しすると、その古典極限からニュートンの運動方程式がリンゴの木から落ちるリンゴを観察しなくとも、論理的に導出できることになるのです。
重ね合わせの原理から経路積分へ:確率振幅がある種の波動で重ね合わせの原理がなりたつものであるとすると。特定の事象が起こる確率をあたえる確率振幅は可能な経路に対する確率振幅をすべて重ね合わせたものとなります。防波堤の中の波の高さを理解するには防波堤やそれ以外のいろいろなところから跳ね返ってきた波をすべて重ね合わせることが必要なことや、先ほどの消音ヘッドホンをかけたときに聞こえる消音化された音は、外部からの音とヘッドホンからの音を重ね合わせなければならないことと同じです。先ほど古典極限を説明するときには黙って使ってしまったぐらいにこれは波動の基本的性質です。経路積分とはこの確率振幅に関する重ね合わせの原理をすこし上等かつ形式的な表現として書き下したたものにすぎません。繰り返しますと、特定の事象が起こる確率振幅は「可能な全ての経路に関する確率振幅をすべて重ね合わせることで与えられる」のです。経路についての重ね合わせは足し算、それを区分積分法として連続に足し算するため「経路積分」とよぶのです。形式的には名前のとおり粒子の通過しうるすべての道(経路、Path )について総和をとる(積分する)ことにより得られた量(数)、ならびにその計算法を指します。
この経路積分は、最近は、多くの啓蒙書でも有名な R. Feynman によって発明された概念で、以上の議論も基本的にFeynmanによるものです[Link]。ここでご説明したように量子力学はこの概念にもとづいて構成すると非常に理解しやすいものとなります。またこのような経路に関して和をとる、つまり積分するという視点は現代の物理学ではとても重要な意味を持ちます。例えば、量子統計力学や多電子系の量子論、ベリー位相等幾何学的位相の議論では不可欠の理論的概念となります。これらに関してはまた節を変えてご説明したいと考えています。
Feynmanは冗談だけいってるわけでなく、ホントにえらい!!
解析力学によると古典的なニュートン方程式を導くラグランジュ関数は唯一ではなく、不定性があり、特に時間の全微分 dW/dt を加えても運動方程式は不変であることが知られています。量子力学をいわゆる経路積分により定式化する際、この時間の全微分の項は、やはり量子論の運動方程式であるシュレディンガー方程式には影響を与えませんが、波動関数の位相に付加的な位相として e^{iW(t)} として現れます。一般にはこの位相は物理系の履歴(経路)に依存することが特徴です。物理系の存在する空間が単連結である場合、この位相は物理的な影響を与えませんが、空間の構造がすこし複雑になるとこの項が量子干渉効果として、系の観測量に影響をあたえることとなります。このようなラグランジュ関数に対する付加的な項をトポロジカル項と呼びます。3次元空間中の特異点の集まりとしてのフラックスチューブ(太さ無限小のソレノイド)の存在等がある場合がその典型例となります。このときの付加的な位相はベリー位相として理解できます。この系での量子干渉効果はアハロノフ・ボーム効果として最初に理論的に予言され、超伝導体において実験的にも確認されました。また、この現象はいわゆる分数統計、分数量子ホール効果とも深い関連がありますが、それはまたの機会に、,
歴史的には、ラグランジュ関数の不定性という付加的な構造が量子化のもとでは、本質的な量子効果を生み出すトポロジカル項として理解されているのです。不思議ですね、、、
例えば、変圧器のなかにあるようなコイルを考えてみましょう。コイルに電流をながすとその中に電磁誘導で磁束が発生することはよく知られています。このとき発生する磁場はコイルのなかだけに存在してコイルからそとにはでないことに注意しましょう。
こんな設定で電子等、量子力学的な荷電粒子をこのコイルのそばを飛行させると磁場は全くないにも関わらずその効果をうけて例えば磁束の強さを変化させるとその大きさとともに周期的な変動が観測されるだろうというのがアハロノフとボームの予言です。磁場がないのにその効果を感じてしまうという、古典的には全く理解できない現象です。 古典的常識とはあまりにかけ離れた予言であったのでその真偽を疑うこともあったのですが、いまではこれは理論のおもちゃではなく、実際に観測されている不動の事実です。 このアハロノフ・ボーム効果はまさに量子力学的効果であり、われわれが興味を持っている幾何学的位相の重要かつおもしろい例として理解することができます。
グラフェンってきいたことありますか?
物理関係の方は化学が苦手だったかもしれませんが、その中でも化学の代名詞であるかめのこ記号、すなわちベンゼン環からできている物質、炭素原子だけがあつまってできた物質がグラフェンです。グラフェンは、grapheneとつづりますが、これからおわかりのようにこの物質は芳香族の物質であり、一言でいえ ばベンゼン環が集まったものと考えることができます。
化学が得意の方にはおわかりとはおもいますが、芳香族の物質を分子量が小さいものからすこし列挙すれば、ベンゼン環1つのBenzen,ベンゼン環2つの Naphthalene,3つのanthracene, tetracene, pentacene,... と一連の物質群が続きます。グラフェン(graphene)とはその名の通りこの芳香族の2次元極限として2次元 sp2電子の炭素の2次元ネットワークが、2次元平面上無限につながったものなのです。またこれをくるりとまるめればカーボンナノチューブができあがります。
炭素は、単体の共有結合としてsp1, sp2, sp3 と多様な形態をとり、それぞれ、1次元、2次元、3次元の構造をつくりますが、これらに対応する自然な物質が、1次元のポリアセチレン、2次元のグラフェ ン、3次元のダイヤモンドと考えられますので、発見はおそかったのですが、極めて典型的な物質とさえいえます。
じつは、理科系の研究者であれば、どこかで「グラフェン」の名前ぐらいは聞いたことがあるような時代になってすでに久しいのですが、近年のグラフェンの研究 の爆発は、2005年のGeim,Novoselov等グループによる実験的合成とそこでの特異かつ極めて特徴的な量子ホール 効果の発見以来のものです。
このように構造としては基本的なのですが、 その電子構造はきわめて特異であって半導体なのですが、そのエネルギーギャップがゼロであるというゼロギャップ半導体と考えられます。通常の半導体、金属 中の電子はいわゆる有効質量近似によって質量が繰り込まれた量子的な自由粒子とかんがえられますが、ゼロギャップ半導体であるグラフェンではこれが成立せ ず有効理論はギャップレスのDirac 電子となります。Dirac の理論では負のエネルギーの電子が現象に現れないようにするため。負のエネルギー状態はすべて占有されていると考えました。これがDiracの海と呼ばれ るものですが、グラフェンの場合このDiracの海は占有された価電子バンドに他なりません。Dirac の議論は量子論を特殊相対論と整合的にするために考えられたものですので、Dirac 電子は相対論的な粒子です。その意味でグラフェンは物質中の(実は鉛筆中の)相対論的粒子と考えられます。これが近年の研究爆発の一つの理由です。個々の 興味深い物理現象に関してはまた節をかえてご説明したいと思います。
この数年グラフェンの会議で話をする機会が何度かあったのですが、その度に近年の研究状況を紹介する一つのデータとして、ネット上の論文cond-mat の検索機能findでその時点での過去1年間のタイトルにgrapheneを含む投稿論文数を検索したのですが、それは以下のようになっています。
89個(2006年),
269個(2007年),
504個(2008年)。
本日2009年に同じ検索をやってみると563個(2009年)と言うことですから、この数年は毎日1から2個はグラフェンと名のつく論文がネット上に挙げられているわけです。これを見ても、グラフェン関連の研究はまさに爆発的な状況にあることが見てとれるます。
振り返ると、この物質に関する研究は少なくともGeim等による実験的合成以前からあり、その特異な電子構造を指摘したWallaceの論文をはじめ、単 層のグラファイトとしていくつもの研究があることは思い出しておきたいとおもいます。ただしgrapheneという名前はありませんでした。うまい名前を つけることはやはり大事ですね、