Web 記事 - グラフェンカテゴリのエントリ
グラフェンとは炭素原子が平面上で蜂の巣の形に規則的に整列したものですから、炭素原子が規則正しくならんだ絨毯のようなものです。もちろんこの 絨毯の大きさは有限ですが、電子間の距離を単位にしてはかれば十分に大きいので、無限に広がった規則的な原子の絨毯です。このグラフェンは別に低温にしな ければできないわけではなく、常温で作成されました。具体的にはscotch tape method (日本語ならセロテープ法) といわれる怪しげな(と当初はおもわれた)方法で実際につくられました(Novoselov, Geim 他)。常温ですから当然熱ゆらぎも無視できないはずですからグラフェンはきわめて安定な物質と考えられます。ところが理論的には古くから完全な2次元 固体は安定に存在できないと信じられていました。規則正しい周期的な構造が存在するためには、どこかで偶発的に生まれた乱れが全体に広がってしまわないことが必要ですが、2次元という低次元性の為、無限と思われるぐらいに大きな2次元結晶では、これらの勝手にうまれたゆらぎはどんどん増殖してめちゃくちゃな状態になってしまうと予想されていたのです。しかし、論より証拠とはこのことで、いくら理屈を言ったところで、現実に作ってみせたのですから、文句の言いようがありません。理屈の方がどこか間違っていたか、議論が不十分だったのです。
実際の単層のグラフェンは完全に真平らではなく、下の図のようにうねうねしていると考えられています。2次元は2次元でも3次元の中に埋め込まれた2次元系ですので、このようなことが可能なわけです。この「うねうね」構造はリップルと呼ばれ、単層グラフェン、特に基板等何かの上に乗っていないという意味で、free standing なグラフェンの特徴的構造と考えられています。今日では、グラフェンでは、2次元周期系ではあるものの、このような3次元方向の変形からくる余分な自由度がある種の熱浴として働き、2次元格子全体がめちゃくちゃになるのを防いでいると考えられています。さらにこのリップルはグラフェンの電子状態に関しては、ランダムゲージ場として働くとかんがえられており、グラフェンの物理をより一層興味深いものとしています。
事実は小説より奇なり(Fact is stranger than fiction)ではありませんが、現実は常識を時々そして大事なところで覆してくれます。物理屋たる者、定説をそのまま信じてはダメですね、ロシア人は確かにガンコでシツコイ!(Road to Stockholm がホントかどうかは別にして)
グラフェンってきいたことありますか?
物理関係の方は化学が苦手だったかもしれませんが、その中でも化学の代名詞であるかめのこ記号、すなわちベンゼン環からできている物質、炭素原子だけがあつまってできた物質がグラフェンです。グラフェンは、grapheneとつづりますが、これからおわかりのようにこの物質は芳香族の物質であり、一言でいえ ばベンゼン環が集まったものと考えることができます。
化学が得意の方にはおわかりとはおもいますが、芳香族の物質を分子量が小さいものからすこし列挙すれば、ベンゼン環1つのBenzen,ベンゼン環2つの Naphthalene,3つのanthracene, tetracene, pentacene,... と一連の物質群が続きます。グラフェン(graphene)とはその名の通りこの芳香族の2次元極限として2次元 sp2電子の炭素の2次元ネットワークが、2次元平面上無限につながったものなのです。またこれをくるりとまるめればカーボンナノチューブができあがります。
炭素は、単体の共有結合としてsp1, sp2, sp3 と多様な形態をとり、それぞれ、1次元、2次元、3次元の構造をつくりますが、これらに対応する自然な物質が、1次元のポリアセチレン、2次元のグラフェ ン、3次元のダイヤモンドと考えられますので、発見はおそかったのですが、極めて典型的な物質とさえいえます。
じつは、理科系の研究者であれば、どこかで「グラフェン」の名前ぐらいは聞いたことがあるような時代になってすでに久しいのですが、近年のグラフェンの研究 の爆発は、2005年のGeim,Novoselov等グループによる実験的合成とそこでの特異かつ極めて特徴的な量子ホール 効果の発見以来のものです。
このように構造としては基本的なのですが、 その電子構造はきわめて特異であって半導体なのですが、そのエネルギーギャップがゼロであるというゼロギャップ半導体と考えられます。通常の半導体、金属 中の電子はいわゆる有効質量近似によって質量が繰り込まれた量子的な自由粒子とかんがえられますが、ゼロギャップ半導体であるグラフェンではこれが成立せ ず有効理論はギャップレスのDirac 電子となります。Dirac の理論では負のエネルギーの電子が現象に現れないようにするため。負のエネルギー状態はすべて占有されていると考えました。これがDiracの海と呼ばれ るものですが、グラフェンの場合このDiracの海は占有された価電子バンドに他なりません。Dirac の議論は量子論を特殊相対論と整合的にするために考えられたものですので、Dirac 電子は相対論的な粒子です。その意味でグラフェンは物質中の(実は鉛筆中の)相対論的粒子と考えられます。これが近年の研究爆発の一つの理由です。個々の 興味深い物理現象に関してはまた節をかえてご説明したいと思います。
この数年グラフェンの会議で話をする機会が何度かあったのですが、その度に近年の研究状況を紹介する一つのデータとして、ネット上の論文cond-mat の検索機能findでその時点での過去1年間のタイトルにgrapheneを含む投稿論文数を検索したのですが、それは以下のようになっています。
89個(2006年),
269個(2007年),
504個(2008年)。
本日2009年に同じ検索をやってみると563個(2009年)と言うことですから、この数年は毎日1から2個はグラフェンと名のつく論文がネット上に挙げられているわけです。これを見ても、グラフェン関連の研究はまさに爆発的な状況にあることが見てとれるます。
振り返ると、この物質に関する研究は少なくともGeim等による実験的合成以前からあり、その特異な電子構造を指摘したWallaceの論文をはじめ、単 層のグラファイトとしていくつもの研究があることは思い出しておきたいとおもいます。ただしgrapheneという名前はありませんでした。うまい名前を つけることはやはり大事ですね、